この悲劇のヒロインとされるメアリー・スチュアートの人生は、あまりにも壮絶でドラマティック。, 失意の中で死を迫られたメアリーは、得意だった刺繍細工の中に、ある予言を遺しました。, 謎の多い、複雑に絡み合った家系図や登場人物を整理して、メアリー・スチュアートの生涯を見つめてみませんか。, 伴侶となった夫たちが次々に凄惨な死を遂げたことから、悪女として描かれることも多い彼女ですが、女性として共感する部分が多くあるかもしれません。, 当時のヨーロッパの国王たちは、他国から攻め入られないために、敢えて他国の姫や大貴族の娘を妻に迎えていました。, 皆、自国を守るためと言いながら、実際は自分の勢力争いや、王位相続権争いの利己的な意見が多かったのです。, そんな陰謀や画策が横行し、自分の利益のためなら犯罪も偽装も厭わないような時代でした。, しかしイタリアで開花したルネサンスという新しい風潮は、フランスへも行き届き、「女性も男性同様に勉学する権利を」など、開放感のあるものでした。, それがヨーロッパ大陸から海を隔てたイギリスへは、まだまだ届いておらず、フランスよりも更に陰謀の渦巻く暗い社会でした。, 更にイギリスは、イングランドとスコットランドに分かれており、それぞれの国内でもカトリック派とプロテスタント派、イギリス国教会という新教が激しく争っていました。(イギリス国教会については後述), フランスもカトリック国であり、スコットランドとフランス、スペインは協力関係にあったのです。, また予備知識として、ローマ法王の支配するカトリック教徒は、離婚を禁じられていたことを覚えておいてください。, アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディチと言えば…このブログをお読みいただいている皆さまは、思い出しませんか?, あの驚きの実話だった「美女と野獣」の、ぺトルスを貴公子として育て上げた夫妻でしたね。, ヘンリー8世は、離婚したいがためにカトリックからイギリス国教会という独自に成立したキリスト教会に改宗し、ローマ法王が認めないまま離婚をしてしまいます。, しかしアン・ブーリンはエリザベス1世を生みましたが、ローマ法王は認めない結婚でもうけた子供を、王女として認めないという考えでした。, 更に、アン・ブーリンは男児をもうけなかったため、ヘンリー8世は妻に無実の罪を着せ、処刑してしまうのです。, そして王女の地位にあったエリザベス1世を庶子(庶民の子)と降格し、また次の結婚へと急ぎます。, 6人の妻のうち2人を処刑してまで男児を欲したヘンリーですが、その罪が祟ったのか、男児は早いうちに命を落とし、結局エリザベス1世しか後継者がいなくなってしまったのです。, 遂には病の床についたヘンリー8世ですが、とうとうエリザベス1世の地位を回復しないままこの世を去ります。, そのため、後にエリザベス1世がイギリス女王になった際には、彼女の不安定な地位によって、女王の座を奪われることを自他ともに恐れていました。, その恐れから、国策としてメアリー・スチュアートの脅威をことごとく制圧する必要があったのです。, まぎれもないスコットランド王女であり、フランスのアンリ2世と結婚したことで、未亡人になってもフランス王の継承権は有していました。, また、祖母はイングランド国王ヘンリー7世の娘、マーガレット・テューダー(ヘンリー8世の姉)です。, つまり、庶子と烙印を押されたエリザベス1世とは違い、正統なイングランド王の継承権を有していたのです。, 更に、フランソワ2世を亡くしてから、同じくマーガレット・テューダーの孫であるダンリー卿と結婚したため、イングランド王の継承権はより濃くなりました。, メアリー・スチュアートが自ら望んだわけでない、生まれついてのこの王家の血が、彼女に悲劇をもたらします。, 1542年、スコットランド王ジェームズ5世と、フランスの大貴族ギーズ公家出身のマリー・ド・ギースの娘として生まれたメアリー・スチュアート(Mary Stuart)。, 彼女が生まれてすぐに父ジェームズ5世が30歳という若さで亡くなったため、なんと生後6日でスコットランド女王となりました。, 叔父でイングランド王のヘンリー8世は、この機にスコットランドを手中におさめるため、自分の息子エドワード6世と赤ん坊だったメアリーを結婚させようと企みます。, メアリーの母マリー・ド・ギースは、ヘンリー8世を強く警戒し、メアリーを人目の届かないカトリック修道院へと匿います。, そこでメアリーは5歳まで天真爛漫に育ち、ヘンリー8世が病死したのを機に、母方の祖国フランスの皇太子フランソワ2世と婚約し、フランスへと渡ったのです。, 生まれてから母と過ごした日も浅い上、わずか5歳にして優しい母と別れて異国へと旅立つメアリーの想いは、如何ほどだったでしょうか。, しかしカトリック教徒であった幼いメアリーは神を信じ、自分の運命に向き合ったのでした。, 女性教育の水準も高く、洗練され解放的な気風の中、メアリーは時期フランス王妃として大切に育てられました。, 女王として相応しいたしなみや教育を受け、メアリーのたぐい稀な能力は周囲を驚かせました。, フランス語、イタリア語、スペイン語の他、ラテン語やギリシャ語も堪能となり、詩を作らせれば驚くほどの詩を生み、刺繍をさせれば素人離れした作品を作り上げたのです。, 朗らかで平等な性格なメアリーは養父であるフランス王アンリ2世、カトリーヌ・ド・メディチからも大変可愛がられました。, 虚弱体質だったフランソワ2世や、その姉のエリザベート(後のスペイン王妃)とはきょうだいのように仲良く育ち、メアリーはフランソワ2世の体調を気遣い、良く看病していたといいます。, そして16歳の1558年、約束通りフランソワ2世とパリのノートルダム寺院で結婚式を挙げました。, 王族に憧れたナポレオンが、後にパリのノートルダム寺院で戴冠式をしたかった理由がわかる気がしますね。, メアリーの優雅な物腰と優しい微笑み、彼女の好んだ白い色の洗練された装いは、皇太子フランソワ2世よりも人目を引き、人々に愛されました。, そしてこれがまた、イングランドをフランスのものとしたい者たちに、利用されることになっていくのです。, 同じ年、イングランドではエリザベス1世が女王として即位しましたが、フランス側は「イングランドの正統な王位継承者はメアリーである」と抗議したのです。, 実はイングランド内にも、エリザベス1世が庶子であることから、女王にふさわしくないと引きずり降ろそうとする豪族たちの大きな画策も渦巻いていました。, 更に悪いことに、フランソワ2世とメアリーが結婚した1年後、1559年にアンリ2世は事故死してしまうのです。, 急きょフランソワ2世がフランス王となり、メアリーは17歳でフランス王妃となりました。, イングランドは、メアリーの祖国スコットランドとフランスが手を結ぶのを阻止するため、スコットランド内のプロテスタント教徒たちを焚きつけて反乱を起こし、カトリック国フランスがスコットランドへの軍事介入をしないようエディンバラ条約を結ばせました。, そしてその1年後メアリーが18歳の時、なんと虚弱だったフランソワ2世が病死してしまったのです。, メアリーは18日間に渡り、熱心に看病をしましたが、16歳の夫は天に召されてしまったのです。, 夫の死の半年後、スコットランドでメアリーの身を案じていた母である、王妃マリー・ド・ギースも、天へと召されてしまったのです。, メアリーは、「自分が帰らねば」と決心し、心から愛したフランス、黄金時代を過ごした第二の故郷を離れ、薄暗いブリテン島へと戻りました。, スコットランドで王位を継承したメアリーは、宗教間の争いを避けるため、自身はカトリックでありましたが、重臣はプロテスタントのままにするなど、宗教の選択には寛容な政策をとりました。, メアリーは、フランス育ちの気品と豊かな感情表現、そしてその優しさ故に、利用されていく運命にあります。, しかしスコットランドの領土を守ると言う政治的観点から、エリザベス1世やカトリーヌ・ド・メディチに意見され、かわりにエリザベス1世が寵愛した重臣をメアリーと一緒にさせようとしてきたのです。, メアリーはその政略的な翻弄に嫌気がさし、それらの話を全て断わり、自分の人生は自分で決定したいと思うようになります。, そしてメアリーがスコットランドに帰ってから4年後に出会った、自分のルーツであるステュアート家の従弟ダーンリー卿と恋に落ちたのです。, 4歳年下のダーンリーは、金髪で見目良く、その甘い愛の言葉は懐かしいフランスを思わせました。, 愛に地位も何も関係ない、ただ一人の女性として愛したい…そういう女性だったメアリーは、23歳でダーンリー卿と結婚し、彼を評価していなかった世界を驚かせました。, しかもメアリーはダーンリー卿と結婚する際、王族にしか与えられない地位を与え、王位継承権も与えたのでした。, 愛のために、自分の捧げられるものを全て捧げようというメアリーの献身的な愛が観られます。, 最初の夫を亡くし、母をも亡くし、愛するフランスを置いてきたメアリーは、ただ心からの愛を求めただけだったのです。, しかし、二番目の夫もしかり、重用していた周辺の貴族たちも隙を見てはメアリーに反乱を起こします。, 自分を権力争いのために利用することしか考えない…そんな彼女の傷心は深く、それを慰めてくれたのは、イタリア人音楽家で秘書を務めていたダヴィッド・リッツィオでした。, 有能で繊細な気遣いをするダヴィッド・リッツィオは、メアリーを慰めてくれる、数少ない信頼のおける重臣でした。, しかし、メアリーを陥れようとする貴族たちは、メアリーとダヴィッド・リッツィオが愛人関係にあると、ダーンリー卿にけしかけます。, 浅はかなダーンリー卿を簡単に丸め込み、彼らはなんとメアリーの食事をとっているテーブルの目の前で、ダヴィッド・リッツィオを殺害してしまったのです。, 冷静さを取り戻したダーンリー卿はその場を引きましたが、メアリーはその後、あまりのショックに一時流産しかけますが、なんとか取りとめます。, その子は後にスコットランド王兼イングランド王となる人物であり、現在のイギリス王室の祖先にあたります。, 子供が生まれはしても、ダヴィッド・リッツィオと自分に刃を向けたダーンリー卿を再び愛せるはずがありません。, そして絶え間なく続く反乱の争いと陰謀…メアリーは疲れ切り、そして愛を渇望していました。, そして徐々に、メアリーに忠誠を誓い、何度も反乱を討伐してきた軍人、ボスウェル伯に心惹かれていったのです。, そしてプロテスタント教徒だったボスウェル伯もまた、メアリーとの結婚を意識したのでしょう、1543年に妻と離婚をしています。, 1567年、ダーンリー卿は病気の養生のためにエディンバラのカーク・オ・フィールド教会で過ごしていました。, そしてある日、メアリーが彼の元へ訪れると、なんとそこでダーンリー卿の過ごしていた部屋が爆破され、殺害されているのを発見したのです。, 自分も殺害されるかもしれないという恐れと、自分が夫殺しの罪を着せられるという二つの恐れがあったためです。, ボスウェル伯ほどの経験豊富な軍人が、こんなにも目立つ方法で殺害するだろうか、という疑問が大きかったためです。, それでも消えない、「メアリーとボスウェル伯がダーンリー卿を殺害したのではないか」という噂。, しかし何度も夫を亡くした傷心のメアリーと、彼女を逞しく守るボスウェル伯の間の愛は抑えきれませんでした。, 二人はその3か月後、カトリック・プロテスタント双方から凶弾されながらも、その反対を押し切って結婚したのです。, 1567年に反ボスウェル派の貴族たちが反乱を起こした際、とうとう二人は引き裂かれ、メアリーは捉えられました。, そして廃位と王子ジェームズ6世への王位継承権に同意させられ、片田舎のロッホ・レーヴェン城に幽閉されました。, そしてボスウェル伯は逃げ延びた先で兵を集め、反撃を試みますが失敗し、小船でノルウェーまで逃げ延び、デンマーク軍に捕らえられて投獄され、命を落としました。, 幽閉から1年後、メアリーは協力者によって城から逃亡し、最後の反撃を起こしますが破れ、万策尽きてしまいます。, エリザベス1世は、自分よりも正統なイングランド王位継承権を持つメアリーをイングランドに受け入れることを、危険視していました。, 以前は手紙上のやり取りだけではありましたが、「お姉さま」「妹よ」と書き綴った仲です。, ここでは国民の手前、慈悲深い寛容な女王としての振る舞いをすべき時だ、と考えたエリザベス1世は、メアリーをイングランドに受け入れました。, しかし、イングランド内にもエリザベス1世を女王から引き下ろそうとする大貴族たちがいる以上、メアリーが危険人物となることはわかりきっていました。, メアリー自身がイングランド女王の座を望んでいなかったとしても、周りの貴族に利用される可能性がある以上、彼女を自由に生活させるわけにはいきません。, イングランド国内のカトリック教徒たちの反乱の、危険なトリガーになることも考えられました。, エリザベス1世はただイングランド国のために、結婚もせず、国のために自分の人生を捧げようとした女性でした。, しかし、軟禁状態とは思えない程、引退した老婦人のように自由に静かな生活を送らせたのです。, その18年間、メアリーは自分がスコットランド女王として権利を回復できるよう、協力してほしい旨をエリザベス1世に要請しますが、エリザベス1世はダーンリー殺害事件の嫌疑を理由に持ち出し、取り合いません。, そしてスペイン王フェリペ2世には、自分の死後の王位について、ジェームズ6世について度々手紙を書いています。, フェリペ2世の妻エリザベートは、メアリーの最初の夫フランソワ2世の姉で、幼い頃からいつも一緒に遊んだ姉妹のようであり、親友であったのです。, スペインの無敵艦隊によるイングランドの攻撃も、新教国イングランドの制圧という意味がありました。, 宗教戦争が吹き荒れるヨーロッパでは、エリザベス1世暗殺の動きが出てきており、イングランド議会は「女王に対する陰謀に参加したものは処刑する」という法律を作り上げます。, そしてとうとう、メアリーは度々他の貴族と共にエリザベス廃位の陰謀に関わったとされ、その動かぬ証拠を突き付けられてしまったのです。, しかしもはや、イギリス内の平穏を守るためには、イングランドの正統な王位継承権を持つメアリーを生かしておくことはできなくなっていたのです。, 何度も何度もメアリーの処刑の許可を迫られ、その度にかわしてきたエリザベス1世でしたが、とうとう1587年、18年間渋ってきた書類にサインをし、メアリーの死刑が確定しました。, そしてそこには、自分の母親マリー・ド・ギース方の紋章である不死鳥の刺繍が添えられていたのです。, 断頭台へと向かうメアリーは、少しも震えることなく凛と前を向き、スコットランド女王として誇り高く進み、そして断頭台の露と消えました。, 44歳の彼女が震えることなく断頭台へと歩けたのは、その仔犬に勇気をもらってのことだったのかもしれません。, そう考えると、今まで周囲に見せてきた穏やかな微笑みの下に、どれほど不安と悲しみを抱いてきたのかと思わされます。, メアリーは、一つ一つの恋に真剣で、その度に自分の持てる全てを賭けてきただけだったのです。, 幼い頃から王位を狙う者たちや、エリザベス1世の王位継承を不服とする野心家の貴族たちに利用されたメアリーと、そんな猛者共から国を守るために必死に生きたエリザベス1世の、哀しい運命でした。, そして…上の刺繍で綴られた予言ともいえる言葉「私の終わりに 私の始まりあり」は、その後現実となります。, 生涯結婚をせず、子供のいなかったエリザベス1世の跡を継いだのは、メアリーの息子ジェームズ6世であり、彼はスコットランドとイギリス両方の王となり、両国を一つに結んだのです。, 現代のイギリス王室の全てが、メアリーにつながっている…それを彼女は、知っていたのかもしれません。, メアリースチュアートのドラマとは?美しい悲劇のクイーンとエリザベス1世との確執を家系図で紹介。, しかしもはや、イギリス内の平穏を守るためには、イングランドの正統な王位継承権を持つメアリーを生かしておくことはできなくなっていたのです, 映画【ワンダーウーマン】の評価が痛快すぎる!女戦士のモデルはギリシャ神話にあった。, トムホランド演じるスパイダーマンのマーベル作品まとめ。期待のイギリス人俳優の悩みは低身長?, 怪盗グルーのミニオン大脱走のあらすじと公開日、声優まとめ!映画シリーズが欧州で人気な理由とは。, ジョンウィック2のキャストと公開日まとめ。衝撃のあらすじとイタリアンマフィア美女の素顔とは?, アリアナグランデの人気曲を歌詞付き(和訳)で紹介!マンチェスター名誉市民の歌姫の素顔とは。, ジョニーデップと福山雅治のCM最後のセリフは?バンド活動と愛用のドイツ製ギターを紹介。, 映画【ジーサンズはじめての強盗】のあらすじ(ネタバレあり)を紹介!見どころはイギリス人俳優の名演。, メアリと魔法の花の公開日とあらすじ(ネタバレあり)は?登場人物と声優がイギリスの原作本を超える。, ヘンリー8世:ヘンリー7世の息子で、次のイングランド王。王子欲しさに離婚を繰り返し、妻を6回も変えた。, アン・ブーリン:ヘンリー8世の愛人から妻に昇格したが、男児をもうけなかったため無実の罪で夫に処刑された。, エリザベス1世:ヘンリー8世とアン・ブーリンの娘。母親が罪人として処刑され、王女から庶子に降格された。後にイングランド女王となる。, マーガレット:イングランド王ヘンリー7世の娘で、スコットランド王のジェームズ4世と結婚する。(孫はダンリー卿), マリー・ド・ギース:ジェームズ5世の妃で、フランスの大貴族出身。メアリー・スチュアートの母。, メアリー・スチュアート:スコットランドの王女として生まれ、フランスの王子フランソワ2世と結婚、死別。その後マーガレットの孫であるダンリー卿と結婚し、ジェームズ6世を産む。, ダンリー卿:マーガレットの孫。メアリー・スチュアートの夫。美男子だが感情的で浅はかな人間。, ジェームズ6世:メアリー・スチュアートの息子。スコットランド王であり、イングランド王ともなる。現在のイギリス王朝の祖先。, フランソワ2世:フランスの王子、メアリー・スチュアートの最初の夫。体が弱く、結婚後4年で病死(16歳)。, アンリ2世:フランス王。娘エリザベートとスペイン王フェリペ2世との婚礼祝の馬上槍試合中の事故で死亡(40歳)。, カトリーヌ・ド・メディチ:イタリア、フィレンツェの大貴族の姫で、アンリ2世の妻。フランソワ2世の母。.

(原題... こんにちは、「にぎわす.com」のコブタです^^ 今回の、2016年(平成28年4月15日(金)放送の... こんにちは、「にぎわす.com」のコブタです^^ 今日は、話題の実写版『美女と野獣』での、

父:ジェームズ5世(スコットランド王)

初代マリ伯爵ジェームズ・ステュアート(James Stewart, 1st Earl of Moray,1531年 - 1570年 1月11日)は、スコットランドの貴族、政治家。 スコットランド王ジェームズ5世の庶長子で女王メアリーの異 … !の2chの話題、年齢身長・性格、過去出演ドラマ映画など詳細, 美人でセクシー『戦争と平和』タペンスミドルトンの身長や胸サイズ、彼氏など不思議ちゃんプロフィール, 高身長イケメン『CSI』エリックスマンダの彼女はモーガン?人気インスタ、熱愛結婚など現在のWiki的詳細プロフィール画像, 『マスケティアーズ』コンスタンス役、可愛いイギリス人女優タムラカリの性格や彼氏、胸サイズなど, ジャックデセナ『オトナになったらできないこと』ロバーツ先生はアバターやオールザットで有名な声優兼コメディ俳優, 超美人!女優でモデルでヴァイオリニスト『シカゴメッド』トーレイデヴィートの生い立ちや彼氏と結婚、ヴァンパイアなど出演作品のWiki的詳細, 婚約者死別『ダウントンアビー』吉田羊似ミシェルドッカリーの身長やダンとの相性などWiki的詳細, 画像アリ!低身長ジェンダーレス男子読モ・こんどうようぢ『ダウンタウンDX』に。整形疑惑や辛口で炎上するも、真似したい髪型やピアス・ネイル!, ガルガドット『ジャスティスリーグ/ワンダーウーマン』出演でセクシーだけど胸サイズが話題に!年齢や実業家夫、シュッとしたメイクやバイクなどWikiより詳細に!, キャンディスパットン:アイリスウザい!で話題のフラッシュやザゲーム出演の超かわいい女優の彼氏や身長バストなどプロフィール, エドスペリーアス「ダウントンアビー」ジミー役の教訓!大コケしたのに天狗になって仕事なくなったイケメン俳優の出演作品や身長、結婚などプライベート, 丸くて可愛い、女優ダンサー・信江勇『ロンドンハーツ』に!AKB発言で大炎上も、元は浜崎あゆみのバックダンサー!, ダンスティーヴンス:映画美女と野獣の王子役の歌唱力は? 身長・大学や結婚と妻、レギオンなど過去出演作品詳細, かわいくて多才!エマベル『ウォーキングデッド』妹役のインスタやすてきな旦那様、出演映画フローズン、最新作『ダラス』などWikiより詳細に, アントニアトーマス『グッドドクター』かわいい!彼氏や夫は居るの?大阪なおみ似の髪型やオペラ歌手の父デビッドや、テレタビーズの人気ナレーションなどWiki的詳細, セイチェルガブリエルが可愛すぎる!フォーリングスカイズのローデス役健康美女のインスタや年齢、年収と趣味などをWikiより詳細に!, エリザベスシュー若い頃から美少女!身長や今現在、CSI・インビジブルやバックトゥザフューチャーなど過去出演映画作品, ウェントワースミラーの2020年今現在はまだイケメン!パートナーとの同性結婚やレジェンドオブトゥモローやプリズンブレイクなど大人気出演ドラマと映画は詳細に!, 赤毛で可愛いエイミーベスマクナルティのインスタや兄弟姉妹、年齢は?世界中で検索される恋人の存在や『アンという名の少女』以降の最新出演作は?, メイブキャンベル『ミルドレッドの魔女学校』モード役はウェストエンドのミュージカル女優!なぜメーガンと入れ替え降板になった?年齢やインスタ、ハッピーフィート2など出演作, ルーカスジェイドズマン『アンという名の少女』ギルバード役俳優の実生活はイケメン好青年! 恋人や身長は? 実年齢や幼馴染彼女、最新出演作など詳細に, ジェシカロード『ファインドミー』はバレエなど熟練ダンサー! 年齢や身長、彼氏は居るの? PartyOfFiveやNextStepなど大人気出演作!, レネーフェリススミス『NCIS:LA』ネル役激かわいい女優の身長や彼氏と結婚、年齢などWiki的プロフィール&出演映画やTwitterとインスタ, 整形依存で顔面崩壊した「デッド・オア・アライヴ」のピートバーンズの最新画像2016。子どもや、妻は?, エミリアクラーク可愛すぎでしょ!彼氏は居るの?結婚や子どもは?水着姿が人気の身長や私服、ゲームオブスローンズやターミネーター、スターウォーズなど詳細に!, ドットマリージョーンズ:glee/グリーのビースト先生の本当の性別はLGBT? 若い頃から砲丸投げアスリートで腕相撲世界チャンピオン! 心優しい俳優の妻や資産、アメリカンホラーストーリーなど出演作!, マークサリング『glee』で悪イケメンを演じたパックの悲しい自殺 元彼女との事件や死因、元彼女ナヤリヴェラや先に逝ったコリー、仲良しリアミッシェルなど追悼!, ケヴィンマクヘイル『グリー/glee』の車いす少年アーティを演じた俳優の今現在は?彼女は居るの? ペット保護活動や同性愛をカミングアウト!, クリスコルファー:glee/グリーで個性的ゲイ少年役を演じたカート役の今現在は超多才な売れっ子作家・制作者?! スティーブン・スピルバーグ製作... こんにちは、「にぎわす.com」のめぐみです^^ 今回AXNで放送中、大人気海外ドラマシリーズ『CSI』の、 生年:1542年12月8日 

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ドラマ「クイーン・メアリー 愛と欲望の王宮(原題は REIGN)」のヒロインにもなってますね。波乱の人生を歩んだ女性です。, メアリーは産まれてすぐに女王になりました。イングランドと対立し、フランスに亡命しました。, 母マリーはフランス出身。メアリーもフランスの影響を強く受け、名字の「Stewart」をフランス式の「Stuart」に変えるくらいでした。, フランスでは王太子フランソワと結婚。フランス王妃にもなります。子供に恵まれなかったメアリーフランソワの死後。スコットランドに戻り、スコットランド女王として統治をおこないました。再婚して息子のヘンリーも産まれます。, メアリーは恋の多い女性でもありました。夫が謎の死をとげ、恋人と再婚しますが、貴族たちの反乱によって廃位されます。, 名前:メアリー・ステュアート(Mary Stuart) どうして、スコットランド系ってだけで、オーストラリア人のアデレードがクイーンメアリー演じているかと言いますと・・・ 実は彼女、驚くべきことに正真正銘のクイーン・メアリーのご子孫!!! スコットランドへの帰国と再婚.

メアリー・ステュアート(Mary Stuart)はスコットランドの女王。ドラマ「クイーン・メアリー 愛と欲望の王宮(原題は REIGN)」のヒロインにもなってますね。波乱の人生を歩んだ女性です。メアリーは産まれてすぐに女王になりました。イン 子:ジェームズ6世/1世, 母はフランスの大貴族ギーズ家の出身。マリー・ド・ロレーヌ(Marie de Lorraine)とも呼ばれます。, 当時のスコットランドは王室の権力が弱く、イングランドやフランスの援助を受けた貴族たちが力を持っていました。, イングランド国王ヘンリー8世の圧力でエドワード6世と婚約しました。ヘンリー8世の死後、イングランドの権力を握ったサマセット公エドワード・シーモアはヘンリー8世とメアリーの結婚を進めようとしましたが、スコットランドは拒否。, 1547年。イングランド軍がスコットランドに攻めてきました。スコットランドは敗退しましたが、フランスに救援をもとめます。, 1548年。フランスはイングランドに宣戦布告。サマセット公の目論見は失敗しました。, 母メアリー(以後マリー)のすすめでフランスに亡命。マリーはフランスの大貴族出身、実家の影響力を使ってフランスに助けを求めました。, 1558年4月24日。メアリーは王太子フランソワと結婚しました。メアリー16歳。フランソワ14歳。メアリーが2歳年上でした(フランソワは早生まれなので現代の感覚だと1歳年上)。, 11月。イングランド女王にエリザベス1世が即位。するとアンリ2世は、庶子のエリザベス1世が王位を継ぐのは問題だと抗議。メアリーに正当な王位継承権があると言いがかりをつけます。アンリ2世はメアリーにイングランドの正式な王位継者を意味する紋章を使用させ。フランスやメアリーとエリザベス1世との仲は悪化しました。, 1559年7月10日。アンリ2世が死亡。フランソワが即位しました。メアリーはフランス王妃なりました。17歳でした。, メアリーはフランス王妃になったあとも、イングランド王位継承者の紋章を使用し続けました。ローマ教皇やカトリック教徒もメアリーが正当なイングランドの王位継承者と認めていました。, イングランド国内にもエリザベス1世の即位に不満な者がいたので、エリザベスにとってはメアリーの存在は邪魔なものになっていました。, 異母兄のマリ伯ジェームズ・ステュアートと、ウィリアム・メイトランドの助けを借りて政治を行います。, 当時のスコットランドはプロテスタントとカソリックが対立していました。メアリーは両方の宗派を認め、国内をまとめようとします。, メアリーが興味をもったのはスペイン国王フェリペ2世の息子ドン・カルロスでした。しかし、エリザベス1世やフランス国王の母・カトリーヌ・ド・メディシスの妨害が入り実現しませんでした。, その後、ダーンリー卿ヘンリー・スチュアートと会ったメアリーは背が高くスマートなダーンリー卿に一目惚れしたといいます。ダーンリー卿はカトリック教徒。彼はスチュアート家の血をひきながら、イングランド国王ヘンリー7世の曾孫でもあったのでイングランドの王位継承権ももっていました。, エリザベス1世は反対しましたが、ダーンリー卿もメアリーとの結婚を考えるようになります。, メアリーはヘンリーにロス伯、オールバニ公の位を与えました。これは王族にしか与えられないものでした。この決定は貴族達は不満でした。, 1565年。マリ伯が反乱をおこしました。マリ伯はエリザベス1世の援助を受けていまいた。, メアリーはかつて反乱をおこして処分していたゴードン家の地位を復活させました。イングランドの援軍がこなかったこともありマリ伯を撃退しました。マリ伯はイングランドに亡命します。, 1566年。ホリールード宮殿で食事中に、秘書のリッチオが眼の前で殺害されました。あまりにもショックに流産しそうになりましたが、無事出産することができました。, ジェームズはリッチオの子ではないかと噂をたてられました。メアリーはダーンリの子だと近い、夫のヘンリーにも誓わせます。, しかし子供が産まれても、ヘンリーとの関係はよくはなりませんでした。不仲なのを知ったものからヘンリーを暗殺してはどうかと提案を受けたこともありましたが、メアリーは断ったといいます。, 1567年2月10日。エディンバラのカーク・オ・フィールド教会でヘンリーが殺されているのが発見されました。, ボスウェル伯はメアリーに結婚を申し込みます。ダンバー城にメアリーを連れ込み、結婚しました。結婚はメアリーも同意のうえだったともいわれます。, 1568年。メアリーは幽閉されていたロッホ・リーヴン城を抜け出して、兵を集めます。6000人の兵で反乱を起こしましたが、マリ伯に鎮圧されました。, メアリーはイングランドのエリザベス1世のもとに逃れました。メアリーは軟禁されたといわれますが、軟禁とはおもえないくらい自由な暮らしをしていたといわれます。, メアリーはイングランドの王位継承権を主張しました。エリザベスの廃位や暗殺を計画したりしました。, 1586年。カトリック教徒のバビントンがエリザベスを暗殺しようとした事件が発生。バビントン事件といいます。この事件ではメアリーが関わった証拠が見つかり、メアリーに死刑判決がでました。, 1588年。メアリーの死刑を知ったスペインのフェリペ2世はイングランドに艦隊を派遣。アルマダの海戦がおこなりました。スペインの無敵艦隊がイングランド艦隊に敗れるという事件がおきています。, カトリック教徒のフェリペ2世は、プロテスタントのエリザベス1世を違法な統治者と考えていました。メアリー・スチュアートをイングランド女王にしようと企んでいました。それを阻止されたのも戦争を起こした原因のひとつといわれています。, 1603年。イングランドのエリザベス1世が重体になりました。エリザベス1世には息子がいなかったことから、ジェームズ6世がイングランドに迎えられました。, エリザベス1世の死後、7月25日にジェームズ6世は、イングランド国王ジェームズ1世として即位しました。, イングランドとスコットランドは共同の王を持つことになりました。1707年にはイングランドとスコットランドが合併。グレートブリテン王国になりました。, このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。.